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51 国会議員が見た「入管収容映像」
(カトリック新聞 2022年2月6日号掲載)
日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、帰れない重い事情のある者たちの強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」に対する、人権侵害を考えるシリーズ第51回は、昨年3月に名古屋出入国在留管理局(以下・名古屋入管)で亡くなったスリランカ人女性を映した「ビデオ映像」について。その映像を見た国会議員を取材した。
名古屋入管で医療放置されて死亡したウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)の事件は、本連載のみならず、一般マスコミでも度々取り上げられてきた。
入管によるウィシュマさん死亡事件に関する〝最終版〟とされてきた「調査報告書」(以下「最終報告書」)は約半年前に公開されたが、これに関して野党の国会議員や外国人支援団体らは、当初から「最終報告書」の内容が事実と異なるのではないか、という疑念を抱いてきた。そのため、ウィシュマさんが映った「ビデオ映像」の開示を、昨春から再三再四求めてきたのだ。
しかし法務省や入管は、かたくなに国会議員へのビデオ開示を拒否してきた。ところが、ウィシュマさんの遺族代理人弁護団の尽力もあったが、どういうわけか、昨年12月24日、ウィシュマさんが死亡する前の最期の2週間分の「ビデオ映像」を約6時間半に編集したものを衆議院法務委員会の理事や委員らに対して公開したのである。
そして同月27日には、参議院法務委員会の理事や委員らに対しても同じビデオ映像を見せたというのだ。
この「ビデオ映像」を見た、衆議院法務委員会の野党筆頭理事を務める階(しな)猛(たけし)議員らは今年1月21日、参議院議員会館で開かれた「第36回難民問題に関する議員懇談会」に出席し、「ビデオ映像」に何が映っていたのか、また「何を感じたのか」を率直に発言した。
「断末魔の叫び」
保存されている「ビデオ映像」は昨年2月22日から亡くなる3月6日までの2週間分。今回開示されたのは、それらの映像を6時間半に編集したもので、約40の映像パーツで構成されていた。衆議院法務委員会の階議員は、公開された編集ビデオ映像に収められている中で、一番長い映像パーツに「真実がある」と感じた、と話す。
階議員が注目したのは、ウィシュマさんが亡くなる10日前の箇所。昨年2月24日の午前4時から始まる59分間の映像である。
その口調から口や鼻から血を出していると推測されるウィシュマさんがインターホンを使って、「担当さん、担当さん」と何度も何度も助けを求める。そして、ただ「あ~、あう~」という彼女の異常なうめき声だけが続いていたと言う。
階議員はこう話す。
「私が病院で両親を看病した時の体験です。亡くなる間際の方の『断末魔の叫び』は、聞くに堪えない悲鳴が続きます。それに類した、尋常ではないうめき声が、ウィシュマさんの映像には延々と続いているのです。(その後来た担当の二人の)入管職員がこのウィシュマさんの『断末魔の叫び』を聞いても、何もしないということが、私には衝撃でした」
ウィシュマさんのうめき声は、やがて痛みや苦しみだけではなく、おびえや絶望も入り交じったような響きに変わっていったと階議員は語る。
そして最期に、「私、死ぬ」と漏らしたと言う。その姿を見ていたにもかかわらず、担当の職員たちは「4時間くらい朝まで我慢して」と言ったきりで、脱力状態にあるウィシュマさんを放置し、部屋から出ていってしまったのだと話す。
「私はこの時を起点にして、ウィシュマさんが生きる気力を失ってしまったかのように見えました。『この人(入管職員)たちに何を言っても無駄なんだ』と。こうした場面も、『最終報告書』の記載では、『体調不良』という一言で終わっている。入管の『最終報告書』は、実態を隠している。何かを隠蔽(いんぺい)していると感じます」と階議員は指摘する。
「間接的殺人」
一方、「ビデオ映像」を見た衆議院法務委員会理事の鎌田さゆり議員は、入管職員の心理状況に注目して、こう話した。
「昨年1月以降、ウィシュマさんは腎機能障害、肝機能障害、さらに脱水障害と強い飢餓状態に陥っていた。そうした状況の中で、2月24日からリハビリを開始。一言で言えば、入管職員はウィシュマさんが『死ぬその時』を、ただ待っているかのようにしか見えませんでした。そしてウィシュマさんが死ぬかもしれないという最期の状態に陥った時になって、急に『頑張ろうね。大丈夫だよ』と声を掛け始めた。それまで相手を粗末に扱ってきたのに、本当に〝ヤバイ状態〟だと思った途端に急に優しくする心理状況。入管職員は、まさにそれでした」
12月27日に参議院法務委員会の委員長室で「ビデオ映像」を見たという同委員会・前野党筆頭理事の真山勇一議員は、「一言で言うと、ひどい。あり得ない。入管がなぜ見せなかったのか理由が分かります」と怒りをあらわにした。
そしてこう続けた。
「それでもその映像は、6時間半に編集したものなんです。見せたくないものは、絶対に隠す。(残りの映像に)まだとんでもない場面が写っているんじゃないかと思わざるを得ない。最期の2日間、何も言わずに、ベッドの上に横たわったまま、声を掛けても反応しないウィシュマさん。入管職員は何もやらないで、ただただ見ているだけ。これはとんでもないことだ。救急車を呼べば、助かったのではないのか。考えようによっては〝間接的な殺人〟とも感じる」
生命をもてあそぶ
会場にはウィシュマさんの遺族代理人弁護士の一人、駒井知会(ちえ)弁護士の姿もあった。駒井弁護士は、ウィシュマさん死亡事件の国家賠償請求訴訟の準備である証拠保全手続で、名古屋地方裁判所において二度「ビデオ映像」の一部を見ている。
駒井弁護士は語る。
「その内容は残虐そのものでした。特にウィシュマさんの悲痛な叫びが耳に残っています。亡くなる前日にも看護師さんが、ウィシュマさんの腕や足をさすってマッサージのようなことをしていました。痛がってウィシュマさんが悲鳴を上げているのに、それさえもお構いなし。まさに地獄絵図でした」
入管職員たちの姿は、まるで分別のつかない幼児が、人形相手に「ままごと」をしているような感じにさえ見えたと言う。ウィシュマさんが同じ人間で、弱い立場に置かれた状態であることを無視して、その「いのち」と生命を散々もてあそんだ。そして最後は、「ああ動かない。お人形壊れちゃった」というような感覚で、絶望、恐怖、苦痛を味わわせ続けた上でウィシュマさんを死に至らしめた、と駒井弁護士は語気を強めて言い切った。
しかし、残念ながらウィシュマさんの死亡事件があっても、入管行政は何も変わっていないのだ。
衆議院法務委員会委員の山田勝彦議員によれば、長崎の大村入国管理センターでは、被収容者が入管施設内で骨折したが、治療を受けることもかなわず、足が大腿(だいたい)骨等壊死(えし)症となり、現在は食欲不振で飢餓を疑われるほど、命の危険にさらされている状況だという。
また東京出入国在留管理局(東京・品川区)でも、瀕死(ひんし)の状態で医療放置をされたままの人が、現在でもいるのだという。日本の入管行政は、果たしてこれでいいのであろうか。多くの犠牲者が今なお苦しんでおり、助けを求めている。