㊻ 「裁判を受ける権利」の侵害
(カトリック新聞 2021年10月24日号掲載)
日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、帰れない重い事情のある者たちの強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」に対する、人権侵害を考えるシリーズ第46回は、2014年に入管が、難民として保護を求めていたスリランカ人を母国に即時強制送還した事件についての国家賠償請求(以下・国賠)訴訟を取り上げる。
2014年に起きた即時強制送還事件とは、スリランカ人26人とベトナム人6人が東京・羽田空港からチャーター機に乗せられて、12月18日の早朝に母国に集団で強制送還された出来事。
そのうちのスリランカ人男性2人は、「裁判を受ける権利を奪われた」として、国賠訴訟を起こしていたのだ。
東京地方裁判所は昨年2月27日、「原告ら(スリランカ人男性二人)の請求はいずれも理由がない」として棄却。しかし、東京高等裁判所は今年9月22日、東京地裁の判決を覆し、入管職員が二人から裁判を受ける機会を「積極的に奪う意図を持って(強制送還を)行った」とし、入管の行為を「違法」として国に賠償を命じた。
そして国が上告を断念したことで、二人の勝訴が確定。このことはマスコミでも広く取り上げられた。
東京入管到着後すぐに拘束
まず、今回勝訴が確定した二人のうちの一人、Aさん(1970年生まれ)が強制送還された状況を振り返ってみる。母国で2年間、区議会議員を務めたAさんは、JVP(人民解放戦線)の党員(地方議員)として迫害を受け、日本に逃れてきた。2011年、難民認定申請をするが、「不認定処分」を受け、その処分に「異議申立」をしていた。
在留資格が得られないAさんは2014年12月17日、「仮放免」(入管収容施設外での生活)の延長手続きに行った東京出入国在留管理局(以下・東京入管)で、いきなり拘束される。そして、入管職員から前述の「異議申立」の棄却が決定したと通知され、翌日、スリランカに強制送還されたのだ。
その時の様子は、YouTube(ユーチューブ)動画でも見ることができる。タイトルは、「『殺される!』と叫び続けながら、2014年12月18日、チャーター便送還された難民申請者の映像」。これは裁判のために提出された、東京入管内で記録用に撮影されたビデオカメラ映像の一部(約5分)を、弁護士がAさんの許可を得て公開したものだ。
その映像には、14年12月17日、強制送還されると告げられて、いすに座っていたAさんが床に崩れ落ち、「(国に帰ったら)殺される! 殺される! 殺される! 危ない!私、殺される!」と叫ぶ姿が映されているのだ。
そんなAさんに入管職員は、「殺したりなんかしないよ」と軽く言い放つ。
Aさんはおびえながら、「怖い、怖い、帰ると怖い。私、殺される」と床に倒れ込む。
その後、入管職員は、Aさんに、今日の決定に不服がある場合は、①決定に対する「取消訴訟」をすることができること、②裁判の相手(被告)は日本国、③「取消訴訟」ができる期間は今日から6カ月以内であることを告げる。
そこでAさんが、「取消訴訟」をしたいので、弁護士につながりたいと訴えると、入管職員は、Aさんに弁護士に電話をする時間を与えるが、その時間は午前11時30分から45分までのたった15分間。Aさんはその間、5回、高橋ひろみ弁護士に電話をかけるが、留守番電話になっていてつながらない。そして電話をかけ始めてから30分後、入管職員はAさんの携帯電話を取り上げ、電源をオフにしたのだ。
Aさんは「弁護士を呼んで」と繰り返すが、入管職員は「さっき(弁護士に連絡する)チャンスを与えましたけど、弁護士先生、連絡付かなかったでしょ」と言うばかり。
弁護士と接触させず
一方、Aさんからの5回の着信に気付いた高橋弁護士は、留守番電話を再生する。
「(入管に)捕まった。助けて」というAさんの悲痛な声を聞いた高橋弁護士は、Aさんの1回目の着信から約30分後に折り返し電話をかけたが、Aさんの携帯電話は電源が入っておらず、つながらない。そこですぐに東京入管に駆け付け、Aさんへの面会を申し込んだが、入管側は「該当者はいない」と答え、高橋弁護士はAさんに会うことはできなかった。
こうしてAさんは、弁護士と一言も話すことができないまま、羽田空港に連行され、翌朝に母国に強制送還されてしまう。東京入管でAさんに「異議申立」の棄却決定が通知されてから強制送還までの時間は、わずか18時間だ。
もう一人のスリランカ人男性のBさん(1960年生まれ)も全く同様だった。Bさんの場合は、「異議申立」の棄却決定が通知されてから強制送還までの時間は15時間だった。
10月7日、二人の勝訴確定を受けて東京都内で開かれた記者会見で、スリランカ送還国賠弁護団の一人、指宿(いぶすき)昭一弁護士は怒りをあらわにこう語った。
「東京入管で、Aさんが高橋弁護士に会わせてほしいと言っても認めず、電話を取り上げるまでのあの30分間のパフォーマンスは、まさに〝当たりのないくじ〟を引かせたのと同じものだ」
そして訴訟代理人弁護士の高橋弁護士も「難民(として保護を求める者)に対して、入管がここまでやるのかとショックを受けた。冷静に東京入管のビデオカメラ映像を見ることができなかったほどです」と当時を振り返った。
これに類似した集団強制送還事件は、16年と18年にも起きている。個人の強制送還も含めれば、「違法な送還」は数え切れない。次回は、この判決の意義について。