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第30回「在留資格の書類」が無いだけのこと

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(カトリック新聞2021年4月4日号掲載)
 日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、帰れない重い事情のある者たちの強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」に対する、人権侵害を考えるシリーズ第30回は、夢を抱いて来日した留学生、スリランカ人女性が今年3月6日、名古屋出入国在留管理局(以下・名古屋入管)の収容施設で死亡した事件の後半。

 3月18日、名古屋入管前では外国人支援団体「START(スタート)」が主催する、「亡くなったスリランカ人女性を追悼し、入管に真相の公表を求める集会」が開かれていた。昨年12月からSさんへの面会活動をしていた眞野(まの)明美さんは、悲しみで声を震わせながら、一言、一言かみ締めるようにこう話した。
 「彼女の仮放免(入管収容施設外での生活)が認められれば、わが家で受け入れることになっていました。2階に住んでもらおうと思っていたけど、彼女は全く歩けなくなっていたから、1階の私の寝室を提供しようと決めていた。彼女がスリランカ料理を作ってくれると言っていたので、思いっきり腕が振るえるようにと鍋も買い換えた。『日本の子どもたちに英語を教えたい』と希望を持って、せっかく日本に来てくれたのに、こんな結果になって…、私も娘を取られたような気持ちです」
 Sさんは日本に家族も見寄りもなく、また母国スリランカにいる家族とも連絡が取れなくなっていた。また母国には帰れない事情も生じていた。しかし、昨年12月17日時点で、入管職員は何度もSさんの居室に来ては「帰れ、帰れ」と言い、彼女にプレッシャーを掛けて恐怖心をあおっていたのだ。

存在を消される

 3月17日から3日間、名古屋入管の3階には、眞野さんの強い要望を受けて入管が献花台を設けたが、そこにはSさんの名前も、写真もなく、ただ紙に印刷された小さなスリランカの国旗が壁に貼られているだけだった。
 Sさんから「会いに来てほしい」と電話をもらっていた、ナイジェリア人女性、エリザベス・アルオリオ・オブエザさん(本連載第2回紹介)も茨城県から急きょ駆け付けた。そして〝死んでもなおその存在を消されている〟献花台を前に、押し殺していた悲しみと怒りが爆発、号泣してこう叫んだ。
 「(Sさんが)かわいそう! 入管が殺した! 私の友達を返してー。(母国に)帰れない人を殺さないでー」と。
 さらに入管職員に詰め寄って、「あなたの心は痛まないの? 彼女があなたの子どもなら、友達なら、家族なら、あなたは同じことをするのですか?」とあらん限りの力を振り絞って訴えたが、入管職員が動じる様子は見えなかった。
 生前のSさんは収容中に入管職員から執拗(しつよう)に帰国を促され、恐怖心をあおられていたため、不安が募り心細くなり、悪いことばかり考えてしまう。
 毎週面会に来ていた眞野さんから「マイナスのことを考えないように、なるべくたくさん手紙や絵を描いてね」とアドバイスを受け、Sさんは素直に実行していた。
 Sさんからの手紙は眞野さんの自宅にもたくさん届いていた。
 「まのさん ほんとうに あいたい はなしたい(中略)まっている まっている まっているだけです。ここなか じかんわ はやく うごきません。とけい こわれてあるみたい。じかんみて もいっかい とけい みるとき 5ふんだけ うごきます。さみしです」(今年1月13日付手紙の一部/原文ローマ字)
 「まのさんと いっしょに いろいろ やりたいのは いっぱいあるから わたしも げんきほしい」(今年1月24日付手紙の一部)
 しかし次第にSさんは手も硬直し、手紙を書く体力さえなくなり、2月8日付の便りが最後となった。

入管収容所と刑務所の往復

 Sさんへの面会活動をしていた「START」顧問の松井保憲さんは3月26日、東京・千代田区の参議院議員会館で開かれた「難民問題に関する議員懇談会」の総会及び省庁ヒアリングと、日本外国特派員協会での記者会見で、Sさんが亡くなった経緯を述べて、こう訴えた。
 「(Sさんの)死に至る経緯を見るならば、入管の『収容―送還』方針がその根底要因にあると考えざるを得ない。母国に帰れない人を救済するのではなく、退去強制令書を受けた者を厄介払いし、日本から追い返す対象としてしか考えない。入管の送還方針とその下での対応が死に至らしめたと言わざるを得ないのです」
 ところが、4月中旬に国会で審議される予定の入管法改定案の「政府案」は、現行法よりもさらに外国人への管理と排除を強化する内容になっている。
 これをSさんのケースに当てはめると、次のようなことが予想されるのだ。
 「政府案」によれば、退去強制令書が出ているSさんに入管は「退去命令期限」を示す。その期限までに母国に帰らない場合にはSさんに刑事罰を与えることができる。
 つまり「政府案」では、Sさんは名古屋入管から刑務所に移され、収容となる。そして、刑期が終われば、再び入管収容施設に移され、もう一度「退去命令期限」を示す。しかし、また命令に従わない場合は刑事罰が与えられ、再び刑務所に収容されることになる。
 本人の口から「(母国に)帰る」と言わせるまで、「刑務所と入管収容施設の往復」が際限なく続くということになる。
 入管法改定案の問題に精通する高橋済わたる弁護士は、日本では「在留資格がない」ということ自体への偏見があると指摘する。「在留資格がない」ことで、あたかも社会に危険性や犯罪性が増すと考えるのは、日本社会が成熟していない証拠だと、次のように話す。
 「アメリカでできた概念『Undocumented(アンドキュメンティッド)』という考え方が重要だと思います。単にその人に在留資格を認める1枚の紙切れ(書類)がないというだけのこと。その紙切れの有無が、その個人の人間としての尊厳や存在に何ら影響しないという価値観です。こうした価値観の転換が、今の日本社会に求められていると考えます」
 日本の入管は、「在留資格がない」人には、「人権もない」という考え方を貫いている。2007年以降に全国の入管収容施設では17人が死亡。
 新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される昨今、東京出入国在留管理局(東京入管)では、男性の被収容者105人中58人が集団感染した。しかし、彼らへの医療放置は今も
続いているのだ。

短期滞在者の救済

 外国人は、ひとたび在留資格を失えば、在留資格を回復する手段が、①「難民認定」制度か、②「在留特別許可」制度しかない。しかし、Sさんのように難民でもなく、長期滞在者でもなく、また日本に家族がいるわけでもない外国人で、母国に帰れない重い事情がある「非正規滞在の外国人」が、この①と②の二つの制度で保護される可能性はほとんどない。
 Sさんのケースでは現行の入管法でも、改定の「政府案」でも救済されることはないのだ。しかし、野党6党が「政府案」の〝対案〟として国会に提出している「議員立法」では、Sさんのようなケースの外国人を救済する内容もきっちりと盛り込まれている。

Sさんが名古屋入管から眞野明美さんに送ったたくさんの手紙の一部

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