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第35回 「本当の勝負は、これから。」

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㉟ 「本当の勝負は、これから。」
(カトリック新聞 2021年5月30日号掲載)

日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、帰れない重い事情のある者たちの強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」に対する、人権侵害を考えるシリーズ第35回は、入管法改定案(以下「政府案」)の事実上の「廃案」を受けて、既に始まっている〝いのちを守る入管法改善〟の「闘いの第2ステージ」について。

入管の権限と裁量権をさらに強める「政府案」は、衆議院法務委員会での審議が始まった約1カ月後の5月18日、与党が突然「今国会での審議を見送る」と発表し、事実上の「廃案」が決まった。
この「朗報」は、これまで「廃案」を目指して闘ってきた多くの支援者、当事者らに大きな勇気を与えた。
「廃案」のニュースが流れるや否や、国会前で「入管法改悪反対」の座り込みデモ(本紙4月25日付1面既報)を続けていた人々の間では大きな歓声が湧き起こった。
長年、関東の入管施設で被収容者への面会活動を続けている、ある高齢の女性は、驚いた様子でこう語った。
「50年間の活動の中で〝入管が負けた〟のは初めてのこと。奇跡としか言いようがない」

 いのちの闘い継続目的は法律の改善

そして今や、入管法を巡る「闘い」は、「人間の尊厳と人権」を守る「第2ステージ」に進んだと言えるのだ。喜びと連帯の輪の中で支援者らは口々に、「これからがスタート」だと新たな覚悟を語っていた。
それは、①日本の「難民認定」制度が国際基準に則した運用をしていないことや、②入管施設での収容に司法審査はなく、収容期間の上限も法律で定められていない問題、また、③「在留特別許可」の基準が法律で明示されておらず、国際人権法に合っていないことなど、憂慮すべき諸問題が依然として残されていることを意味している。
「廃案」のニュースが流れた3日後の5月21日、全国の弁護士有志313人が、「入管法改悪法案の廃案を受けて」と題し、次のような声明を発表した。
「(入管法の)さらなる改悪は阻止されたものの、(中略)ウィシュマ・サンダマリさんの死亡事件の真相は全く明らかとなっていません。また、現在の入管法の国際人権法違反の状態も何ら改善されていません」
声明文は、「移民・難民の人権と尊厳が保障される社会」など5項目を実現するまで〝闘い〟を絶対に諦めないと決意表明し、「本当の勝負は、これから。」と締めくくっている。

 スリランカから遺族が来日

与党が今国会での「政府案」審議継続を見送った最大の理由は、今、野党が責任を追及しているウィシュマさんの死亡事件だ。
今年3月6日、名古屋出入国在留管理局(以下・名古屋入管)でスリランカ人女性、ウィシュマさん(当時33歳)が亡くなった事件のことである(本連載第29回・第30回等)。 ウィシュマさんは途中で学費を払えなくなったことで、「留学」の在留資格を失い、入管に収容され、体調不良となった。しかし名古屋入管は、ウィシュマさんを〝詐病〟だと決め付け、点滴など度重なる治療の要望があっても、十分な医療処置を施さなかった。そして、ウィシュマさんは命を落とすことになったのだ。
この悲惨な事件は、〝現行の入管法の枠〟の中で起きたことなのである。姉の不可解な「死の真相」を知りたいと、5月1日、支援者の協力で、ウィシュマさんの母国スリランカから二人の妹が来日した。
コロナ感染予防の影響で2週間の「自主隔離」を余儀なくされたが、5月16日から日本での真相究明の〝活動〟を開始。ワヨミさん(28)、とポールニマさん(26)、二人の妹たちの初の〝活動〟は、姉の遺体との対面だった。
名古屋入管に収容されていたウィシュマさんに何度も面会し、励ましていた支援者の眞野明美さんは、対面時の様子をこう語った。
「遺体は死亡時から2カ月も冷凍保存されていたため、ウィシュマ本人かどうか分からない状態でした。かつらをかぶせられ、顔は小さくなってしまっていて、口元もよく見えませんでした。妹さんたちは、お母様から『本当にウィシュマかどうか確認してきてほしい。ウィシュマなら足にほくろがあるはず』と言われてきたそうですが、とても足を確認できるような状態ではなかったのです」
遺体は80歳か90歳のようにしか見えなかった。二人の妹たちにとって、変わり果てた〝姉の姿〟から、それがウィシュマさんだと確認できたのは、唯一、爪の形だけだったという。
その後(5月16日)行われた名古屋市内での葬儀には、駐日スリランカ大使館のロシャン・ガマゲ公使の姿もあったが、法務省や入官からの出席者はなく、弔電も一切なかった。

「教師の夢は安全な日本で」

母親のスリヤラタさん(53)は、長女ウィシュマさんの死にショックを受けて体調を崩し、今回の来日は果たせなかったが、4月16日、東京・参議院議員会館で開かれたオンライン記者会見には出席して、長女が日本に留学した経緯などについて語った。
スリヤラタさんは10年前に夫を亡くし、苦労しながら3人の娘を育ててきた。経済的には楽ではなかったが、日本に憧れていた長女の夢をかなえたいと、家を担保にして銀行ローンで当初の留学資金を捻出したという。
日本を留学先に選んだことについては、こう述べた。
「女の子を1人で外国に行かせるのなら、安全な日本が一番いいと思って、日本に決めました。娘も『日本は安全だから心配しないで』と言っていました。あんなに優しい娘が、なぜ死ななければならなかったのですか。入管は、娘を写したビデオも写真も出してくれない。警察はなぜ入管に入って捜査しないのか。どうしてですか?」
亡くなったウィシュマさんは、スリランカで大学を卒業後、現地のインターナショナルスクールで英語を教えていた。そして日本の子どもたちにも英語を教えることを夢見て、留学生として来日したのだ。

真相は永遠に闇の中か?

遺体対面の翌日(5月17日)、二人の妹たちは、名古屋入管に出向いた。東京から駆け付けた野党議員と遺族代理人弁護士が同行したが、名古屋入管は、議員と弁護士に対して入管内の視察を拒否。また国会議員らがさまざまな質問をぶつけても、入管職員は動じることもなく〝ゼロ回答〟を続けたという。
入管のこうした〝傲慢(ごうまん)な態度〟こそが、警察も司法も介入させずに〝やりたい放題〟を続けている〝現実の姿〟だと言えよう。
結局、二人の妹らだけが、姉が最期を過ごしたという部屋を見ることを許可された。
「ビデオ画像が残されている」という入管の発言から、〝最期の部屋〟には、監視カメラがあるはずだった。しかしその部屋には、監視カメラは付いていなかった。妹たちは不信に思って、「これは姉が最期にいた部屋なのですか」と確認の質問をしても、それに対して入管職員は何も答えなかったという。
5月19日、東京・参議院議員会館で開かれた「難民問題に関する議員懇談会」第22回総会で、妹のワヨミさんはこう断言している。
「私はあの部屋が姉のいた部屋だとは信じていません。入管は『中間報告書』でも、うそをつき、いまだに姉のビデオ画像も見せてくれません。姉が亡くなって2カ月以上たっても『死の真相』が分からないのです。ですから、入管の言うことは全部うそだと思っています。姉の死の真相が分かるまで帰国することはできません。母に報告ができないからです」
当初、二人の妹は5月22日に帰国予定だったが、真相究明のために、離日を延期したという。
現行の入管法を改善するための「闘い」は始まったばかりだ。5月29日(土)午後2時からは、東京・築地本願寺で「ウィシュマさんを偲(しの)ぶ会」が開かれ、一般献花の時間も設けられる。

写真(1)=真相が分からない限り帰国できないと訴えるウィシュマさんの妹ワヨミさん㊧とポールニマさん㊨(5月19日・参議院議員会館)

 

写真(2)=ウィシュマさんの母親スリヤラタさん㊥と二人の妹たちが4月16日、オンライン記者会見(東京・参議院議員会館)を開き、真相究明を求めた

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