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第84回 名古屋入管は「死」を予見していた

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84 名古屋入管は「死」を予見していた
(カトリック新聞 2023年4月16日号掲載)

日本にはさまざまな事情で暮らす、いわゆる「非正規滞在の外国人」が大勢いる。しかし、日本政府は彼らの個別の事情を考慮せず、既に「出入国管理及び難民認定法」(入管法)上の退去強制令書が出ていることを根拠に、法務省・出入国在留管理庁(以下・入管)の収容施設に無期限で長期収容したり、帰れない重い事情のある者たちの強制送還を行ったりしている。「非正規滞在の外国人」に対する人権侵害を考えるシリーズ第84回は、2年前に名古屋出入国在留管理局(以下・名古屋入管)で医療放置の末に亡くなったスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん(33)を映した名古屋入管の監視カメラ映像(以下「ビデオ」)についての後半。

名古屋入管で体調を崩し、点滴や入院を求めていたウィシュマさんが、適切な医療を受けられず亡くなるまでの姿を録画した295時間分の「ビデオ」。現在、名古屋地方裁判所(以下・名古屋地裁)に予約をすれば、誰でも裁判の証拠資料として5時間分の「ビデオ」を視聴することができる。
本紙編集部員も2回に分けて名古屋に出向き、DVD20枚に収められている5時間分の「ビデオ」を時系列で全て視聴した。その中で、名古屋入管は、ウィシュマさんが亡くなる3日前には、ウィシュマさんが死ぬ可能性があると気付いていた様子が見て取れるのだ。
職員はただ傍観
「ビデオ」には、ウィシュマさんが体調不良を訴え、救いを求めていたにもかかわらず、入管職員が「介護虐待」や「医療放置」を3月2日まで日常的に続けていたことが映っていた。
その対応ぶりは「日常業務」と呼べるほど常態化していたので、入管職員の様子には何の変化も見られなかった。
ところが、3月4日、入管職員の態度が激変するのだ。
【3月4日午前8時台】 入管職員は、寝ているウィシュマさんの脈拍や血圧を測っているようだが、思うような数値が得られないようで何度も測り直している。通常であれば、入管職員は毎朝、ウィシュマさんに声をかけるのだが、この「ビデオ」は不気味なほど静かだ。横たわるウィシュマさんは、人相が変わってしまったほどやせ細り、「ビデオ」でも緊急事態であることが分かる。
そんなウィシュマさんに声をかけることもなく、2人の入管職員は押し黙ったまま、ただただじっとウィシュマさんをのぞき込み、見ているだけなのだ。
この異常さを、ジャーナリストの有田芳生さんも証言している。
有田さんは2021年12月27日、議員時代に議員向け「ビデオ」(6時間26分版)を見て、本紙の取材にこう答えていた。
「入管職員も、『これは、とんでもないことが起きている』と気付いたはずです。でも、2人の入管職員は、ウィシュマさんに触れることもせず、ただ立ったまま、じっと見つめているだけ。ただただ、見ているだけなんです」(本連載52回)

飢餓状態なのに精神科医へ

そして同日午後、ウィシュマさんの部屋は急に慌ただしくなる。
【3月4日午後1時台】 いつもより多くの入管職員が、首もすわらないほど衰弱したウィシュマさんを車いすに乗せようとしている。
ウィシュマさんの衰弱ぶりはひどく、2月15日に名古屋入管内で行われた尿検査で、「飢餓状態」「腎臓機能の異常」「肝臓障害の疑い」の数値が出ていたほど緊急治療を要するものだったが、入管職員はそのまま医療放置を続けてきたのだ。
そして、さらに入管職員は驚くべき行動に出る。
なんとウィシュマさんを外部の精神科病院に連れて行く準備をし始めるのだ。ウィシュマさんの身だしなみを整えながら、入管職員は何度もこう念を押し、高笑いする。
「昨日、ナース(看護師)と一緒に練習したことを(精神科病院で)ちゃんと言おうね。ちゃんと言うこと。OK?」
果たして、看護師はウィシュマさんにどんなことを話す「練習」をさせたのだろうか。しかし5時間の「ビデオ」に、肝心の3月3日の「練習」風景は収録されていないのだ。
そして3月4日午後5時過ぎ、病院から帰ってきたウィシュマさんに何人もの入管職員がそれぞれ声をかける。
病院に同行した職員は「今日の先生(精神科医)はよく分かってくれたから。その調子、その調子。通訳の人も日本語きちんと話してくれたからね。大丈夫」と満足げだ。
他の職員は「どうだった病院?」「話せた?話せた?」とウィシュマさんに何かを確認しようとする。
入管調査チームが作成した「最終報告書」(2021年8月10日公開)には、その時の精神科医の診断書が掲載されている。
「(前略)確定はできないが、病気になることで仮釈放(仮放免の意)してもらいたい、という動機から、詐病・身体化障害(いわゆるヒステリー)を生じた、ということも考えうる。さしあたり、幻聴、不眠、嘔気に効果のある薬を出して様子見とする」
いったい同行した入管職員や通訳が何を伝えれば、診断書に「詐病」の可能性があると書かれるのであろうか。

隠蔽工作の可能性

そして入管職員の様子は、ウィシュマさんが病院から帰ってきた3月4日から、明らかにこれまでとは一変するのだ。
入管職員はウィシュマさんの食事の介助をする際も、鼻歌を歌いながら「じゃじゃ~ん。おかゆかな? OK? ははは~。いいね。OK、OK」などと、無駄に明るく、不自然に口数が多く、声はいつもより2倍以上も大きい上にキンキンと響くほど高音で、神経は高ぶっている。まるで何かを隠そうとしているような〝演技〟にすら見える。
これら一連の「ビデオ」から「隠蔽工作」という疑念が湧いてくる。名古屋入管はウィシュマさんを精神科病院に連れて行く前から、彼女の死を予見していたのではないか。その疑念は、翌日の「ビデオ」を見て、さらに深まるのだ。
【3月5日午後6時台】 5時間に編集されたこの「ビデオ」で、突如、初めての人物が登場する。
名古屋入管の「ボス」(看守責任者)がウィシュマさんの居室に入ってくる。これまで一切、「ビデオ」には出てこなかった「ボス」。彼は、入管収容施設の外での生活を認める「仮放免」の話を始めるのだ。
これは全国の入管がよく使う手口で、入管内で死なれては、入管の責任になって困るので、被収容者をさんざん痛めつけた挙げ句、重病になった人や、死にそうな人に「仮放免」を許可し、入管の外に〝出てもらう〟という手法だ。
さらに「ボス」が現れる約3時間半前には、入管職員と看護師がやって来て、こんなやり取りを交わしていた。看護師はウィシュマさんに「長いな、足。こんなところまであったわ」と言う。議員版「ビデオ」には「いい体に産んでもらったね」という看護師の声も入っているという。
こうした発言について、前述の有田さんは次のように指摘していた。
「知り合いの医師に、この看護師はどうしてこのような言葉を掛けているのかを尋ねたのです。すると医師は、『これはみとりの時に使う言葉』だと指摘したのです」(本連載52回)
こうしたことから推察されることは、ウィシュマさんの衰弱ぶりから名古屋入管はウィシュマさんの余命が短いことを見越して〝準備〟をしていたということだ。
死ぬと分かっていたからこそ、名古屋入管はウィシュマさんに精神科医の質問に答える何らかの「練習」をさせた上で精神科病院に連れて行き、診断書に「詐病」と書いてもらうという、「医療放置」の隠蔽工作をしたのだろう。
そしてあわよくば、ウィシュマさんに「仮放免」を許可して、入管収容施設から出て行ってもらうことができれば…、と期待していたのだろうが、その前にウィシュマさんは死んでしまう。
人の命は他人事か
【3月6日午前8時台】 「おはよう」と入管職員がウィシュマさんの居室に入ってくるが、ウィシュマさんからの返事はない。ウィシュマさんの命は消えつつあった。
【3月6日午後2時台】 再び入管職員が入ってくる。職員の呼びかけに全く反応しないウィシュマさん。職員はインターホン越しに、他の職員に「指先ちょっと冷たい気がします」と言う。すると、インターホンから信じ難い声が聞こえてくる。
「あっそう。脈とれるかな」と。
5時間の「ビデオ」を編集したのは、この死亡事件を起こした入管が組織した調査チームだ。入管に都合の良いように、295時間のうちの290時間分は公開されていない。名古屋地裁で見ることができる5時間の「ビデオ」には、3月3日の「練習」風景も、入管職員が瀕死のウィシュマさんを揶揄する映像(3月1日・5日)も入っていない。
残された290時間の「ビデオ」にウィシュマさん死亡事件の核心部分が映っているのだろう。入管行政の〝闇〟の実態がここに隠されている。
※ウィシュマさん遺族代理人弁護団は4月5日正午から、5分間の「ビデオ」を一般メディアで公開する。

国側が証拠として提出した5時間分の「ビデオ」(DVD20枚)を受け取ったウィシュマさんの遺族(2人の妹)は昨年12月26日、司法記者クラブで会見を行った

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